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2006.09.10

安心社会から信頼社会へ - 日本型システムの行方(山岸俊男)

 あなたはある心理学の実験に参加することになった。実験は二人一組で行われる。実験参加者には謝礼が支払われることになっており、実験に参加するにあたってまず、謝礼の「分配方法の選び手」と「謝礼の決め手」のどちらになるかを決めるためのくじを引かなくてはならない。

 くじの結果、あなたは「分配方法の選び手」となった。謝礼の分配方法の選び手となった実験参加者は、次の2つの分配方法からどちらかを選ぶことになる。

A 二人とも実験者から直接に1000円を貰う。
B 実験者から「謝礼の決め手」に2500円を渡してもらって、決め手に、好きなやり方で2500円を分けてもらう。

 実験は二人一組で行われるが、あなたはそのパートナーと顔を合わせることはなく、誰なのかもわからない。

 実験の手続きはコンピュータ上で行われ、参加者と直接に顔を合わせる実験者にも、参加者の決定内容はわからないようになっている。つまり、分配方法の選び手も謝礼の決め手も、まわりの目を気にすることなく決断をすることができるのである。

 さてこの場合、分配方法の選び手となったあなたはAとBのどちらの分配方法を選ぶだろうか。


 著者は社会心理学者。社会科学や心理学などの分野で関心が高まっている「信頼」について、ゲーム理論を元にしたさまざまな実験の結果から考察している。民主主義社会における経済パフォーマンス、途上国への支援プログラムの成否、あるいはネットコミュニケーションの在り方など、さまざまな分野で近年注目されているソーシャルキャピタルの研究においても、信頼は中心的な要素である。

■安心と信頼

 本書で扱われる信頼は、人間の意図に対する信頼と限定されている。すなわち、人間以外のもの(機械など)に対する信頼や、人間の能力に対する信頼(それを遂行する能力があるか)は扱わない。そうした人間の意図に対する信頼についても、2つの異なった内容があるという。

 1つは、相手にとっての自己利益に基づく相手の行動に対する期待である。例えば、借金の申し込みに家や土地が担保となっているならば、きちんと返済してくれることが相手に期待できる。このとき、相手の行動傾向や人間性は、相手の行動への期待に無関係である。こういう場合での相手の行動への期待に、著者は信頼から分けて「安心」という概念を用いている。

 そしてもう1つの、相手の行動傾向や人間性に基づく相手の行動への期待を「信頼」としている。

 社会的不確実性(相手の行動いかんによって自分に不利益がもたらされる状態)の高いときに問題になるのは、信頼の方である。それに対し、安心というのは社会的不確実性がない状況についての認知ということになる。

■一般的信頼

 不特定一般の人間に対する信頼を一般的信頼という。質問紙調査やさまざまな実験の結果、一般的信頼について日米比較をしたところ、アメリカ人の方が日本人よりも一般的信頼の度合いが高かったという。

 集団主義社会の日本では相互監視・規制が働き、集団内において相手へ不利益をもたらす行動は結局自分への不利益につながる。つまり日本は安心社会であり、そこでは信頼があまり必要ではないためそのような結果となったというのが著者による解釈である。集団主義社会の特徴として、「コミットメント関係を形成することによって不信が生み出す非効率問題の解決をはかること」が挙げられている。

 冒頭の実験も本書で紹介されている一般的信頼についての実験である(一部表現を変えてある)。著者らが作成した一般的信頼尺度テストの高得点者(高信頼者)の58パーセントはBの2500円を相手に分けてもらうやり方を選んでいたが、低得点者(低信頼者)では17パーセントしかBを選んでいなかった。あなたはどちらの方法を選んでいただろうか。

■社会的知性とその多重性

 本書において著者は、「社会的環境における基本的適応課題を解決するための能力」を社会的知性と定義している。そうした社会的知性も、適応課題に応じて相互に独立的に多重に存在していると考えられる。著者は社会的知性の中から2つのタイプの知性を取り上げ、それぞれ地図的知性、ヘッドライト型知性と名付けている。

 地図的知性とは、集団の中の人間関係についての知識、すなわち「社会的地図」を作り出す能力を核とした社会的知性のこと。地図的知性が高い人は一般的信頼が低く、集団から離れることに対しての不安を持っており、他者に対する共感が低い傾向にある。

 ヘッドライト型知性とは、相手の立場に身を置いて相手の行動を推測する能力を核とした社会的知性である。自分の属する集団については誰しもその中の人間関係の情報、すなわち社会的地図を持っている。しかし、集団の外へ出て社会的世界をナビゲートするにはそうした地図は役に立たなく、相手の立場に立って相手の状況を理解することが必要になる。そうした能力を地図的知性と対比して、著者はヘッドライト型知性と呼んでいるわけだ。ヘッドライト型知性の高い人は一般的信頼が高く、他者に対する共感が高い傾向にある。

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 著者は、安心社会である集団主義社会が日本で崩壊しつつあり、社会的不確実性は増大していることを指摘し、開かれた信頼社会の構築と、一般的信頼に結びついた社会的知性であるヘッドライト型知性を育成することを提唱している。

 しかし、速水敏彦『他人を見下す若者たち』で指摘されているような、他人への共感の乏しい若者が増えているのだとしたら、社会の変化への反作用として、一般的信頼を持たず、集団主義への回帰を求める傾向があるのかもしれない。

 あと気になったことのひとつは、偏差値の高い大学の学生ほど一般的信頼の平均が高く、偏差値の低い大学の学生は一般的信頼の平均も低いということだ。大学一年生の場合には偏差値による相関がほとんどなく、二年生以上で相関が出てくることから、著者は偏差値の高い大学の卒業生の方が将来多様な機会に恵まれており、そのため一般的信頼が高くなるのではないかとしている。

 そうするとこれは、山田昌弘『希望格差社会』で言われているような、社会的・経済的格差だけではなく、将来への希望といった心理面における格差も広がっていることの裏付けなのだろうか。

 また、ネットで検索したところ、梅田望夫『ウェブ進化論』の「不特定多数無限大への信頼」(p.233)への関連からWeb2.0と結びつけた論もあった(例:『ウェブ進化論』が示唆する日本社会の未来 - 情報政策ブログ)。

 このあたりが次の論点になると思う。


4121014790安心社会から信頼社会へ?日本型システムの行方
山岸 俊男
中央公論新社 1999-06

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関連記事:
希望格差社会(山田昌弘)(2005.09.25)
他人を見下す若者たち(速水敏彦)(2006.07.02)

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